佐藤愛子 「90歳 なにがめでたい」

最近本屋さんでよく見るのが佐藤愛子さんです。

93歳になられるのですね。

この方の小説を読んでいないのに、こういうエッセイ的
なものだけ読むのもどうかと思いながら読んでいます。

 

まあ、今後どんな感じに年齢を重ねていくのか、
参考に、というのか、どんな過程が待っているのか
知っておきたいと思っています。

 

 

「怒り」の佐藤愛子

 

 

というイメージはあったのですが、遠藤周作さんや
北杜夫さんたちと同年代?

たとえば遠藤さんのエッセイでよく拝見していたような
気がします。

 

「90歳~」を読んでも「声が大きい」とも書かれていて、
まだまだ意気盛んと思ったのですが・・・・。

 

足元がヨタヨタとか、耳が遠くなって半分も聞こえて
いない、とか書かれていて、「ふむ」と思い、
さらにあちこちに、世代の違いでもはや伝わらなく
なっている思いや、諦め、悲哀もあって、
「なにがめでたい」というタイトルにも納得です。

 

それでも、やはり怒っている佐藤さんは面白くて
特にタクシーの運転手さんと話が合ったというところ
には笑ってしまいました。

 

その人「らしさ」が失われないのはいいなあ、と思います。

 

93歳の今

 

 

もっと最近の作では口演をまとめたものなどが
ありますね。

そこでも、まだまだ怒っていらっしゃいます。

 

ただ、自分の周りをみても、まず確実に言えることは
耳が遠くなることと、足元が不安定になること。

 

ちょうど私の親世代にあたるので、まさにそのとおり。

 

この年齢で耳が普通に良い人には会ったことがありません。

 

補聴器には聞こえ過ぎの難もあるらしく、また調節も難しい
らしくて、使いにくいという話も聞きます。

 

ただ、耳が不自由になるとコミュニケーションは取りづらく
なりますし、佐藤さんのように、ニコニコしていればめんど
くさくなくてよい、と言ってしまうほどには悟りきれない気が
しているので、その世界に突入する時の心構えはまだ
できていません。

 

足元はすでに時々「おっと危ない!」と思うことが増えて
いて今後が思いやられます。

 

よく言われる「今が一番若い」

これを実感しながら、これから年齢を重ねてゆくのでしょうね。

 

 

まとめ

 

 

まあ誰にとってもそうですが、今後は「謎」です。

 

日本女性の平均寿命が80歳を超えている現代、
これから20年以上をどんな道程が待っているのか。

年齢を重ねることで、何を得て、何を失うのか、

そういうことを味わいながら今後を過ごしていけたら
いいなあと思っています。

 

 

 

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