小室哲哉さんの引退会見で、介護って・・・。

 

 

スタッフが会見の終了を告げると、小室はそれを遮って
最後にひと言
「僕1人の言動で日本の社会が動くとは思っていませんが、
高齢化社会、介護、ストレスだったりの問題について、
少しずつですがこの10年で触れることができたので、こう
いったことを発信することで、何かいい方向に、皆さんが
幸せになる方向に進んでくれたらいいなと、心から思います。
微力ですが、何か響いてくれたらいいなと思います。
ありがとうございました」と挨拶した。

 

これはいわゆる「引退会見の最後の挨拶です。

小室さんの言うように、介護の問題はとても個人的な問題
でありながら、世代的におそらく50代60代にとっては人ご
とではない、重い問題です。

 

 

 

「介護」はそれぞれ状況は違っていても重さは一緒

 

親の介護、配偶者の介護。

状況はさまざまですが、突然そういう状態がやってくる
こと、
いつまで続くのか先が見えないこと、
次第に疲れやストレスがたまって、介護者が辛くなって
ゆくこと、

これはどんな場合でも同じだろうと思います。

 

特に自宅での家族の介護は昼も夜も一日中です。

ヘルパーさんやデイサービスの助けを借りても、気持ちも
身体もなかなか楽にはなりませんし緊張感も続きます。

ですから「介護離職」が多いものうなづけます。

実際「仕事」どころではなくなのです。

考えるのは向かい合う相手のこと。

でも相手にはその気持ちが伝わらなかったりする。

個々の事情は、人には分ってもらいにくい。

孤独になり、自分が病んでゆく。

 

介護の専門職のひとが、身内の介護はしたくないし、自分も
身内には介護してほしくない、と言います。

 

ここに「介護」の本質があるように思います。

 

 

 

「介護」は専門職、身内の手には余るのです。

 

 

ここのところをもっと考えるべきではないでしょうか?

身体介護、食事や排泄の介助。

こういうことには、いわばコツがあり、学ぶ必要があります。

介護職は、これを学び、介護のスキルと気構えを見につけて
いきます。

ただ、それは、あくまで「仕事」であって、他人への介護に
留まっています。

また、だからこそ、「仕事」が成り立つのです。

 

身内が相手となると、「仕事」では済まされない、というか
割り切れないざまざまな感情が伴ってしまいます。

 

今後の生活の不安、

自分の体の心配。

いつまで続くのか分からない現状。

ストレス。

 

介護は専門職に任せて、あなたはあなたのできること、

仕事をして、時間にあるときに御見舞に行く、

そういうことをすればいいのです。

 

ただそれは誰もができることではありません。

老人ホームは高額な費用を必要とするところが多い
ですし、親が自宅で過ごすことを望む場合もあります。

 

自宅での介護は、ヘルパーさんを頼んでできるだけ負担を
減らし、少なくとも仕事を続けられるように介護フランを
立てるべきです。

身内の介護は美談ではありません。

また実際多くの人がそれを理解しています。

ですから、自分が健康で元気でなければ、ということを
優先させるべきなのです。

老老介護はほぼ共倒れになります。

そこをしっかり認識して、できないことは人に頼む。

無理をせずに自分をいたわる。

それが生活を守ることになるのです。

 

 

 

まとめ

 

 

老妻の介護を続けているご老人がいます。

母親の介護をもう10年も続けている60代女性もいます。

もう無理をしなくていいのに、と思います。

 

でも、そこにはきっと人にはわからない喜びもあるのでしょう。

 

ただ、もしもあなたが倒れたら、あとのことはどうするのですか?

 

と思います。

 

そういうことも考えて欲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP