有料で高額な老人ホーム、また、いわゆる「特養」でも、最期まで看取ってもらえるわけではない、
ということを学びました。
施設によって、条件は様々ですが、常駐の看護師や介護ヘルパーが限られている状態では、病状によって病院への入院が必要になります。
また、自分でトイレに行けない状態、つまり介護が常時必要になるといわゆる「介護棟」への移動となって、「一般棟」つまり自立して生活できる居住区から移動しなければなりません。
そうしないと、介護の目が届かないからです。
つまりは、老人ホームで最期の日々を過ごそうとする場合、実際の最期は病院になるわけです。
終の住処とは?
一人暮らしになって、(夫婦二人だとしても、)自宅を出て老人ホームを選ぶ人が多いです。
ホームであれば、食堂があって、食事の用意は自分でしなくても大丈夫です。
施設の職員が様子を見ていてくれますし、健康診断もあって、談話室、大浴場、図書室も利用できます。
自立した生活ができれば、老人ホームを終の住処とする選択は間違いではないでしょう。
施設によって、まとまった初期費用がかかりますし、月々の支払いも別途発生します。
介護状態になれば、その費用もかかってきます。
その上で、施設では限界がある、と判断される状態になれば、入院になります。
やはり最期は病院、ということになるケースが非常に多いようです。
看取りまでしてもらえるのではない、
ということは、最初に施設から説明がありますから、入居者はそれを承知で老人ホームに入居するのです。
自立できる状態であれば、老人ホームの「一般棟」で普通に暮らし、認知症、あるいは身体的に介護状態になったら、その状態に応じて施設の判断により入院することになります。
私の知人は、そうなる前に、ポックリ逝くのが希望だけれども、その願いが叶わなければ仕方がない、と言っています。
自宅で最期を迎えるなら
例えば癌の末期。
病院ではなく、自宅で最期を迎えたいという人は多いでしょう。
痛み止めで多少朦朧とすることはあっても、癌の場合意識は最期まであって、自宅で看取られたいと願う人が多いのです。
家族の協力、地域の在宅医療ネットワークが必要ですが、なんと言っても「自宅」が必要です。
自宅があってこその、家で過ごす最期の時間です。
最近は一人暮らしの人が多いので、終末期を自宅で一人で過ごす人もいます。
ネット記事で読んだのですが、60代の独居男性が癌末期で、退院を希望。
地域の在宅医療を受け持つお医者さんと、看護士さんの協力を得て、自宅に帰ることができたそうです。
三ヶ月ほどして、看護士さんが恒例の朝の訪問をすると、応答がなく、前の晩に、出血多量で倒れていたそうです。
ですが、それまでの毎日は、自分の望むように生きることができて、一人暮らしであっても自宅で終末期を過ごすことは可能である、と。
本人が望むのであれば、周りの協力を得て、自宅での最後を選ぶこともできるのです。
終末期をどこでどのように過ごすのか、
子どもに負担をかけたくない、あるいは、迷惑をかけたくない。
それもまた、親の偽らざる気持ちでしょう。
ですから、老人ホームを選ぶという選択は理解できます。
しかし、その選択は同時に終末期をどこで過ごすか、をある程度ホームに任せる結果になるのです。
それでいいのか?
そこまで含めて、ホームを選択しているのか?
一度よく考えておく必要があるのではないか?
と思います。
人生の終末期をどう過ごすか、それは自分自身で決めること。
その判断基準は、「迷惑をかけない」ではなく、自分はどんな終末期を望むか、であるべきだと思っています。
ですから、できれば早めに決めて
早めに準備をしておくべきでしょう。